岩手旅行- 平泉、世界遺産の町にがっかり
達谷窟を定刻通り10時50分にバスは出発して、約10分後、11時には平泉駅に到着した。厳美渓〜達谷窟間と同じく、バスで10分というと歩けなくもないかと思ったがとんでもない。またも信号のない田舎道を時速50キロでノンストップで走っての10分。相当な距離があった。
平泉駅駅前でレンタサイクルを借りた。レンタサイクルショップの店員は「だいたい一周して4時間程度ですよ」という。時間は十分にあるので、夕方17時の閉店時間まで借りることにした。
観光スポットをくまなく見学したものの
平泉は、ユネスコ世界文化遺産に「平泉―仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群―」という名前で、中尊寺、毛越寺等、5件がリストアップされている。昨今、濫発の感がなきにもあらずのユネスコ世界遺産ではあるが、それでも世界遺産だ!と期待してペダルを踏み出した。
時間は十分にある。有名な観光スポットを漏らさず回った。
左下、高館義経堂。右下、武蔵坊弁慶の墓。
いずれも「といわれている」場所であり、真偽のほどは定かでない。
下は高館義経堂から北上川を眺めた風景。
東北自動車道を走る大型トラックが目に入り、芭蕉の句「ふりむけば 霧に消えゆく 大河かな」という気分になれなかった。
左下、中尊寺の本堂。右下、金色堂(正確には金色堂を保護する「覆堂」)。
団体観光客と修学旅行生でいっぱいだった。
この「がっかり感」はなぜ?
結論をいうと「がっかり感」が否めなかった。
平泉は町全体が統一されたコンセプトで整備され、とても旅しやすい。ひと昔前の温泉観光地のような派手な装飾は通りに一切ないし、コンビニのサインもシックな色に抑えられている。中尊寺、毛越寺の他にも、奥州藤原氏の遺構が発掘中で、今後もさまざまな見どころが整備させれていくと思う。下はきれいに芝刈りされた奥州藤原氏の政庁跡「柳之御所遺跡」と、発掘が続く「無量光院跡」。
自転車で町を巡りながら「がっかり感」についてずっと考えていた。
で、夕方、ふと気づいたのだが、どうやら「人の生活感がない」ことが原因のようだ。
平泉といっても、たかだか半径数キロの観光エリアしか見ていない。もちろん周囲には田畑が広がっている。ただ、観光エリアは、寺院と遺跡、観光客向けの飲食店・土産物屋ばかり。それらが統一のコンセプトできれいに整備された「テーマパーク」なのだ。
偏見なのか天邪鬼なのか、私は遺跡を訪れた際、きれいに整備されれば整備されるほど、想像力が失せていく。
例えば、奈良の平城宮跡。子供の頃、あそこは広大な原っぱだった。近鉄奈良線の西大寺駅から新大宮駅に向かう際、電車はぶっとばして走る抜ける。その間、車窓には延々と原っぱが続いていた(そして遠くにボーリング場のピンが見えた)。夕暮れ時、原っぱに立つと見たこともない平城宮が脳裏にぼんやりと浮かび上がってくる。そんな時間旅行がくせになり、何度も平城宮跡を訪れた。
ところが、1998年から朱雀門やら太極殿やらが復元され、テーマパークのように整備されていった。想像力の入り込む余地がなくなっていった。数年前、久しぶりに平城宮を訪れ、復元された朱雀門の下でがっかりしたことを覚えている。観光産業としては、目に見えるモノこそ重要ではあるのだろうが。
あと、この日は二つの点でコンディションがよくなかった。
一つは午後から雨が降り出したこと。自転車で巡っているので傘をさすこともできず、濡れるがままだった。二つは、緊急連絡先としてキャリアメールのアドレスを、先週末、会社のスタッフに教えたのだが、私宛でないメールがCCに入って何通も着信したこと(これは、7通ほど届いた時点で、やんわりとやめてもらうようメールをしたが)。
そんなこともあり、今ひとつ平泉を楽しみきれなかった。
降りしきる雨もまた風流なもの
あえて記憶に残る場所をあげると、一つは中尊寺境内にある白山神社の能舞台。
中尊寺は金色堂の輝きにもちろん目が奪われたが、ガラスケースの中に入っており、その前は観光客でいっぱい。しかも、解説のアナウンスがずっと流れているのでどうも趣がない(私は観光地でえんえんと垂れ流されるアナウンスが大嫌い。邦楽のBGMが入っているともう最悪デス)。金色堂よりも能舞台に感嘆した。
1853年に再建された比較的新しい近世の舞台で、茅葺の建物全体が雄壮だった。最近、都内にある能楽堂をいくつか見たけれど、ここまでの規模ではなかった。ぜひここで薪能を観たいと思った。
記憶に残るもう一つの場所は、毛越寺、雨粒が落ちる大泉が池。
柳之御所遺跡→無量光院跡→高館義経堂→中尊寺と回って、毛越寺に着いたのは16時ごろ。昼過ぎから雨が降り出し、このころには本降りになった。シャツもリュックもびしょびしょになり、靴の底も湿っぽくなった。なんとなく陰鬱な気分だ。
広大な毛越寺境内を歩きながら、ふと境内中央の大泉が池に目をやると無数の雨粒が水面を叩いている。その瞬間、一気に平安時代に意識が飛んだ。この浄土庭園を愛した藤原基衡や秀衡なら、雨に雅を感じたに違いない、と。雨の庭もまた風流なものだ。
下は大泉が池の全景。
うーん、平泉。もう一度、来るか?と訊かれれば、たぶん行かないだろうと思う。たぶん10年後に訪れたら、もっときれいに整備されているだろうけれど。
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