川越百万灯夏まつり、レトロな夜の風景を満喫
川越で一番の祭りは、毎年10月の「川越まつり」だが、「川越百万灯夏まつり」も、町なかで大規模で行われる。
秋の川越まつりは市外からの観光客が多い一方、百万灯夏まつりは地元民が中心。また、秋の夜は肌寒くなるのに比べると、夏の夜は遅くまでそぞろ歩ける。なので、ここ数年、百万灯夏まつりを楽しんでいる。
以下、お祭りの由来を公式サイトより転載。
川越百万灯夏まつりの前身である川越百万灯提灯まつりの由来は、川越城主松平大和守斉典(なりつね)候が病没した後、三田村源八の娘、魚子(ななこ)が、
「三田村家が斉典候から受けた恩義」に報いるため翌嘉永3年の新盆に切子灯籠をつくり、表玄関に掲げました。
このことがきっかけになり、町中をあげて斉典候の遺徳をしのび、趣向をこらした見事な提灯まつりとなりました。
その後中断されていましたが、こうした由緒ある行事と斉典候の遺徳をしのぶ語り草から昭和32年の夏に川越商工会議所の呼びかけで復活しました。
昭和48年より併催行事として歩行者広場が実施される様になり、昭和57年には市制60周年を契機に名称も「川越百万灯夏まつり」と改められ、 市民参加型のまつりとして生まれ変わり、現在まで関係各位のご協力のもと、 小江戸川越の夏の風物詩として、盛大に開催されております。
秋の川越まつりのような本格的な山車は出ないけれど、小さな山車が町なかを練り歩く。ただ、お囃子は同じメンバーがやっているので本格的。
男性は、浴衣にストローハット姿が多かった。このレトロなスタイルは「昭和のイカした兄貴」のようでカッコいい。
大正浪漫夢通りにあるイタリアンレストラン。蔵造りとイタリア料理、一見相反するようで、実は不思議にマッチする。
仲町交差点近く、カフェエレバート前(左)と、古代ギリシャ建築のような川越商工会議所前(右)。洋風建築と浴衣姿の女性が似合うのが川越ならでは。
古風なお面、LPレコード屋さん、首都圏近郊の「アナログ」な町として、川越は生き残っていきそう。
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