熱い「空気」が現場を追い込むことも – 福島原発事故

2023年4月15日

最近、Facebookが中心になって、ブログはご無沙汰しています。Facebookのノートに書いたものですが、ブログにも転載しておこう。

さて、今回の福島原発事故に立ち向かう自衛隊、消防庁、警視庁の人々には、本当に頭が下がります。みんなが熱い感動をもって、見つめているはず。

ですが、ちょっとこういう視点も必要なのか、と、あえて書いてみます。

現場で戦っている自衛隊、消防庁、警視庁の人々に感謝をするのは大切です。しかし、周囲があまりに英雄視をしたり、美化したりして、感情的に盛り上げるのはいかがなものかと。

日本人のメンタルな特徴として、どうしても「空気」に逆らえない部分があると思うのです。果たして、福島原発に向かわれた人々が、100%の気持ちで自ら進んで行ったのか? 職責上、立場上、飛んでいかざるを得ない側面もあるのでは。

山本七平『「空気」の研究』
山本七平『「空気」の研究』

第二次大戦末期も、みんなが日の丸を振って特攻隊を送り出していった。特攻隊で飛んでいった人たちは、「祖国を守りたい」という熱い想いで出撃した人もいるでしょうが、きっと多くは「冷めた使命感」で、立場上、職責上やむなく飛んでいかざるを得なかったのでは、と。で、その周囲には、きっと彼らを英雄視、美化する熱い圧倒的な「空気」があったろうと思います。

空気を読めない、KYなど、よく言われますが、私は、日本人の最大の弱点は「空気」に逆らうことができない点だと思っています。その点は、旧陸軍将校であった山本七平氏が著書『「空気」の研究』の中で、「『空気』とはまことに大きな絶対権をもった妖怪である」と述べています。

戦艦大和の沖縄特攻は、もはや作戦とはいえないながら、「とても、大和の出撃を止められる『空気』ではなかった」と、当時の将校も語っています。

現場を囲む私たちが醸成する「空気」が、現場で戦っている人々を追い込んでいくこともありうる。そういう視点も、心のどこかで持つ必要があるのでは。


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雑記災害

Posted by Asanao